大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

静岡地方裁判所 昭和31年(行)8号 判決

原告 尾川昇

被告 静岡市 外一名

主文

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、請求の趣旨及びこれに対する答弁

一、主たる請求の趣旨

(一)  被告らの間に昭和二十八年三月十日成立した静岡競輪場の賃貸借契約が無効であることを確認する。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

二、予備的請求の趣旨

(一)  右賃貸借契約に基く被告市の被告会社に対する場内勝者投票券売上高の四パーセント及び場外勝者投票券売上高の二パーセントの各金額の支払を禁止する。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

三、本案前の答弁

(一)  本件訴を却下する。

四、本案に関する答弁

(一)  原告の主たる請求及び予備的請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二、請求原因

一、被告会社は、昭和二十七年八月四日1、土地建物の取得及びその利用2、各種運動競技その他の興業及び仲介3、各種運動具その他雑貨及び軽飲食物の販売4、ホテル及び食堂の経営5、海運業6、前各号に関する一切の業務を目的として設立された会社である。その主たる目的は抽象的には第一号の土地建物の取得及び利用であるが、具体的には自転車競技法により行う自転車競技の用に供する競走場を設置してこれを競輪施行者に賃貸することである。

そこで、その目的を達成するために静岡市小鹿無番地一万五千坪に被告会社の資本金二千二百五十万円の大部分を費して競輪の用に供する競走場(いわゆる競輪場)を建設した。そして、後記のような契約を被告市と締結し、本件競輪場の維持管理をしているもので、これ以外に被告会社には営業らしい営業はない。従つて、右競輪場の所有及び経営は同会社の営業の全部又は重要な一部である。

二、被告市は、被告会社との間に昭和二十八年三月十日被告会社の建設した静岡競輪場その他附属施設及び附帯設備並びに競輪場の用に供する備品等一切(以下単に本件競輪場と称する)について、これを被告市の計画に基く自転車競走(以下単に競輪と略称する)に競輪場として使用するために、賃料被告市の競輪開催ごとに、第一回競輪開催日から向う五年間に限り、その回の場内勝者投票券売上高の五パーセントと場外勝者投票券売上高の三パーセント、この期間満了後向う五年間は、その回の場内勝者投票券売上高の四パーセントと場外勝者投票券売上高の二パーセント、期間同日から向う十年、被告会社は、同日から十年経過したときは、被告市に本件競輪場を無償で譲与することという内容の賃貸借契約を締結した。

三、右賃貸借契約を締結するに当り、被告市は条例に基いて市議会の議決を経たが、被告会社は本件契約が前述のように被告会社にとつて十年間はその営業の全部を賃貸することになり、又十年経過後は競輪場の一切を無償譲与、すなわち、営業の全部又は重要な一部の譲渡をすることになるのであるから、商法第二百四十五条により同法第三百四十三条に定める特別決議を経なければならないのに、被告会社の代表取締役塩次鉄雄は、右決議を経ることなく、専断で被告市と本件契約を締結した。従つて、右塩次鉄雄の本件契約締結行為は無効であり、これに基く本件契約も無効のものである。

四、そこで被告市の住民である原告は、昭和三十一年十一月三十日被告市の監査委員に対し右の事由を記載して、無効な本件賃貸借契約に基いて、被告市の市長は、昭和二十八年三月から昭和三十一年十一月に至る間、一カ月約五百万円、総額約二億円以上の賃貸料名義の不当支出をしているから、当該行為の制限又は禁止に関する措置を講ずべきことを請求したところ、被告市の監査委員は、被告会社代表取締役塩次鉄雄の行為が商法第二百四十五条第一項によつて無効であるという点にはなんらふれることなく、単に本件契約が被告市の議会の議決を経ているという理由で、右契約が無効でなく、従つて、禁止措置は必要ない旨の監査結果を同年十二月十九日原告に通知してきた。

五、原告は、右のように被告市の監査委員が本件契約についてなんら必要な措置を講じないので、やむなく本件賃貸借契約の無効であるとの確認を求めるため、本訴請求に及んだものである。

六、仮に、以上のような理由によつては、本訴において本件契約の無効確認を求め得ないとしても、株主総会の特別決議によることなくしてなされた本件のような賃貸借契約は絶対的に無効であるから、このような無効な契約に基いて、被告市が被告会社に対し予備的請求の趣旨のような賃借料の支払をすることは違法である。すなわち、右契約においていわゆる勝者投票券売上高というのはおおむね一回一億二、三千万円に達し、その五パーセントは五、六百万円になり、契約期間の十年間に被告市が被告会社に支払うべき金額は実に数億の巨額に達するもので、被告市の財政に及ぼす影響は大きく、かゝる無効な契約に基く支出は違法といわなくてはならない。

よつて、予備的に現在及び将来にわたる本件契約に基く被告会社に対する被告市の場内勝者投票券売上高の四パーセント、場外勝者投票券売上高の二パーセントの各金額の支払の禁止を求めるものである。

第三、被告らの本案前の抗弁に対する原告の陳述

一、地方自治法第二百四十三条の二第四項にいわゆる納税者訴訟の対象となる事項は、監査委員がこれを監査し、普通地方公共団体の長に当該行為の制限又は禁止を請求することのできる事項に限られることについて異論はない。

しかしながら、被告らの主張する違法若しくは不当の支出あるいは契約がひとたび議会の議決に基いてなされてしまうと、もはや団体の長は議会の議決を無視してこれを差止める権限はなく、監査委員もかゝる事項については団体の長に対してその制限、禁止を請求することはできないというのは、単に違法若しくは不当の支出についてのみいえることで、違法若しくは不当の契約については当らない。すなわち、支出については、これが議会の議決を経た予算に基く以上は、普通地方公共団体の長はこれを左右する権限はなく、単にこれを執行するだけであるから、監査委員がこれを違法又は不当とすることは、結局議会の議決そのものを監査する結果をきたすことになる。これは監査委員の権限外のことであるが、違法若しくは不当の契約については、たとえ、これが議会の承認を経て締結されたものであつても、長以下の執行機関は常に善良な管理者の注意義務をもつて契約の内容及び効力等を検討の上履行に当らなければならないこともちろんであつて、その間この契約の違法若しくは不当を知つた場合は、当然これに対し必要な措置を講ずべき義務を有しているのである。従つて、監査委員も又長以下の執行機関のかゝる行為を監査の対象とすることができるのであつて、このことは違法若しくは不当な支出の監査の場合と異り、議会の議決そのものを監査する結果とはならない。それゆえ、本件契約が既に被告市の議会の承認を経たものであつても、監査委員の監査の対象となり、従つて、またいわゆる納税者訴訟の対象となるのである。

二、被告らは原告の本訴請求は当事者適格を欠く不適法なものであると主張するが、商法第二百四十七条、第三百四十三条による決議取消の訴のような場合においては、株主又は取締役のみが訴をもつて決議の取消を請求することができ、その他の者は取消の訴を提起することができないことは明らかであるが、本訴のように決議そのものの取消を求めるのではなくて、商法第二百四十五条、第三百四十三条に定める特別決議のないことを理由として契約の無効確認を求める訴においては、単に株主及び取締役のみに限らず、広く契約になんらかの利害関係を有する者はすべて当事者適格があるものと解する。すなわち、本件契約について考えると、被告市は被告会社の相手方であり、契約の当事者として違法若しくは不当な契約について利害関係を有することはいうまでもない。一方、原告は被告市の一住民として又右契約によつて当然なんらかの影響を受け、これに対して利害関係を有することも明らかである。なお、右の一住民としての原告の利害関係が直接具体的でないとしても、元来地方自治法第二百四十三条の二の規定は普通地方公共団体の住民に対し本来個人として直接具体的な法律上の利益を有しない事項について住民全体のために裁判権の発動を促す公法上の権利を創設したものであるから、本訴において原告が当事者適格を有することは明らかである。

第四、被告らの本案についての主張に対する原告の陳述

一、被告市の主張に対する陳述

(一)  被告市は、本件賃貸借契約は請負契約類似の各種混合契約の一部であると主張する。被告市がなんらかの関係で被告会社に本件競輪場の建設を依頼した事実は認めるが、両者の間には別に請負類似の契約が存在するものではなく、本件賃貸借契約が最も重要なものである。被告会社はこの賃貸借契約に基き被告市に賃貸して利益を得る目的で競輪場を建設したのであるから、その他の契約内容は単なる従属的関係にすぎない。

(二)  元来、請負契約は、請負人がある仕事を完成することを約し、注文者がその仕事の完成に対して報酬を与えることを約す契約であつて、注文者がいくらの報酬を支払うべきかは請負契約の要素であるから、必ず当該契約でこれを定めなければならない。しかるに、本件契約は被告らの間において勝者投票券の売上高の一定額を被告市から被告会社に支払うべき定めはあるが、なんら一定の報酬を支払うべき約定は存在しない。

(三)  仮に、被告市の主張するように本件契約が請負類似の契約であるとしても、被告会社としては既に述べたように、本件競輪場の建設、管理、維持、運営が営業の全部又は重要な一部であつて、これ以外にほとんど営業らしい営業はないのであるから、本件契約締結の結果、営業の全部又は重要な一部を譲渡することになることは既に主張した通りである。

(四)  又、被告市は本件競輪場は元来被告市にその所有権を移転するために建設されたもので、被告会社の営業資産ではなく、従つて、その評価額が仮に巨額であつても、その所有権移転については株主総会の特別決議は必要でないという。しかし、前述のように被告会社は本件競輪場を被告市に賃貸して利益を得る目的で建設したもので、被告市に所有権を移転するために建設したものではなく、現に本件競輪場は明らかに被告の所有に属するものであるから、重要なる営業資産であることは言をまたない。

二、被告会社の主張に対する陳述

被告会社は、本件契約が被告市に対しなんら損失を与えないし、又与える虞もないから、原告の主張は理由がないというが、地方自治法第二百四十三条の二のいわゆる納税者訴訟は、普通地方公共団体に損失を与えあるいは与える虞のある行為について出訴しうるものとしているのではなく、当該行為が違法であれば、その違法を是正するために出訴しうるものとしているのである。

第五、被告らの本案前の抗弁

一、原告の本訴請求は、訴訟要件を欠く不適法なものである。

(一)  すなわち、地方自治法第二百四十三条の二は、普通地方公共団体の住民に対し当該公共団体の職員の非行を是正する権限を与えることによつて、住民の基本権を保護するために、特に法律がこれを認めたものであり、住民は公共団体の職員に違法若しくは不当な行為があると認めた場合、監査委員に対し、監査を行い、当該行為の制限又は禁止に関する措置を講ずべきことを請求することができ、又、監査委員は、請求に係る事実があると認めるときは、普通地方公共団体の長に対し当該行為の制限又は禁止を請求することができる。従つて、住民が当該行為の制限又は禁止を求めることのできる普通地方公共団体の職員の違法若しくは不当な行為は、監査委員が監査をなし、普通地方公共団体の長に対しその制限又は禁止を求めうる事項に限られ、その他のものに及ばないと解すべきである。又、同条第四項に基く当該職員の違法又は権限を越える当該行為の制限若しくは禁止等を求める訴訟も、監査委員の措置を不服とする場合に訴の提起を認めているのであるから、この訴訟の対象となる事項は監査委員の監査権限内の、普通地方公共団体の長が制限又は禁止の措置をとることのできる事項に限られるものと解しなくてはならない。

(二)  しかして、当該職員の行為が仮に違法若しくは不当であつても、当該行為が地方自治法所定の議会の議決等の内部的手続に従つてなされた場合は、これについて監査委員の監査権限は及ばないし、又住民が当該行為を違法又は権限を越えるものとして、この禁止若しくは無効等を求めて、訴を提起し得ないものと解しなくてはならない。

原告の主張によると、本件契約は被告市の議会の議決を経て締結されたものであることは、その主張自体において明らかである。従つて、かかる契約がひとたび締結された以上、団体の長は議会の議決を無視してこれを差止める権限はなく、又監査委員もこれを監査する権限がないものであること言をまたない。そうすると、原告の本件契約の無効確認及び予備的に無効を前提とする賃借料の支払の禁止を求める本件訴は、結局訴の対象となし得ない事項を目的として提起したものといわざるを得ない。よつて、本訴は不適法であつて、却下を免れない。

二、原告の主たる請求は当事者適格を欠き不適法である。

(一)  原告は、本件契約が商法第二百四十五条による同法第二百四十三条の特別決議を欠くものであるから、無効であると主張するが、原告は被告会社の株主でも、取締役、監査役等の役員でもなく、全く会社とは無関係な第三者である。元来、商法第二百四十五条は、会社全体及び社員の運命に関係を及ぼす事柄につき、特に取締役会の権限で処理させることなく、株主総会にはからせることとして、社員並びに会社全体の利益のために設けられたものであつて、会社と全然無関係の第三者がこの決議の欠如を理由に会社の行為を訴求すべき法律上の根拠はない。

(二)  この点は、同法第二百四十五条の二の決議反対株主の株式買取請求権及び同法第二百四十五条の四の右決議事項たる行為の中止による買取請求権の失効の各規定の趣旨並びに目的からも明らかであつて、この点に関する原告の主張は同法第二百四十五条及び地方自治法第二百四十三条の二の規定の解釈を誤り、いわゆる納税者訴訟についての当事者の地位と、私法ことに会社法の一般原則に基く会社の行為について会社法上の利害関係者たりうるものの範囲との区別を没却しており、結局、本訴請求は当事者適格を欠く不適法なものとして却下を免れない。

第六、本案についての被告市の答弁及び主張

一、原告の請求原因に対する認否

(一)  一の事実中被告会社が原告主張の日にその主張のような業務を目的として設立されたこと及びその主張の場所にいわゆる競輪場の建設工事をしたことは認めるが、同競輪場建設に際し、被告会社の資本金の大部分を費したかどうかは不知。被告会社の主たる目的が原告主張のようなものであること及び競輪場の所有並びに経営が被告会社の営業の全部若しくは重要な一部であることは否認する。

(二)  二の事実は全部認める。

(三)  三の事実中本件契約が被告市の「静岡市議会の議決又は住民の一般投票に付すべき財産、営造物又は議会の議決に付すべき契約に関する条例」に基いて議会の議決を経たことは認めるが、被告会社の株主総会の特別決議を経たか否かは不知。その余の点はすべて否認する。

(四)  四の事実は認める。

(五)  六の事実中勝者投票券売上高がおおむね一回に一億一千万円位あることは認めるが、その余の点は争う。

二、(一) 原告は本件契約の無効を主張し、その原因として本件契約は被告会社の営業の全部若しくは重要な一部の賃貸借又は譲渡であるとし、右契約は、その締結には特別決議を経なければならないのに、これがなかつたから、無効であると主張するが、仮に、原告主張の被告会社の営業が競輪施行であるとするならば、本来競輪、すなわち自転車競走は、自転車競技法によつて自治庁長官が指定した市町村以外の者はこれを行つてはならないことになつており(同法第一条)、この指定市町村(競輪施行者)が競輪を開催しようとするときは、命令で定めるところにより都道府県知事を経由して通商産業大臣に届出なければならないと規定している(同法第二条)から、営利法人たる被告会社において如何なる理由によつても競輪施行の権限はなく、これを会社の営業とすることはできないのである。

(二) 更に、競輪場の設置についても同法第三条に「競輪場の用に供する競走場を設置しようとする者は、命令の定めるところにより通商産業大臣の許可を受けなければならない」と規定されており、静岡市における本件競輪場の設置許可の申請者は被告市であり、且つ、その許可を受けた者も被告市である。

従つて、本件競輪場の設置運営も又これを被告会社の営業とすることのできないものである。以上、競輪の施行、競輪場の設置、運営のいずれも被告会社の営業に属するものではないから、これが営業に属することを前提とする原告の請求は失当である。

三、(一) 次に、本件契約は原告主張のような単なる賃貸借契約ではない。本件契約は被告市が自転車競技法に基いて競輪場を設置するに当り、被告会社(商号変更前の富士興業株式会社、以下同じ)に対し競輪場の建設その他附属施設の工事等を請負わせた際、締結した、競輪場の委託建設費等の分割支払方法、その間の競輪場の賃貸借、運営、管理、敷地の賃貸借、分割支払期間経過後の競輪場の所有権の移転等を包含した、請負契約に類似する各種混合契約の一部である。すなわち、被告市は昭和二十五年五月通商産業大臣に対し競輪場設置の許可申請をしその建設を民間会社に請負施工させることになつた結果、被告会社は右競輪場の建設を目的として新設され、被告市との間に右のような混合契約を含む請負類似の契約を締結したものであつて、本件賃貸借契約は右契約の内容の一部をなしているものである。

(二) しかして、元来請負契約においては、工事の完成と共にその所有権を注文者に移転し、同時に代金の支払がなされるのが通常であるが、本件競輪場建設の請負類似の契約においては、被告市の財政上の関係から、工事の完成した競輪場並びにその施設等の所有権は直ちに被告市に移転することなく、代金完済まで施行者たる被告会社に留保して、これを十年間被告市に賃貸することとし、被告市はこれによつて競輪を開催して、当初の五カ年は勝者投票券の売上金の五パーセントを、その後の五カ年はその四パーセントを賃料名義で被告会社に支払い、被告会社はこれを右請負代金及びその後の管理、維持運営に要する諸経費の償却に充当することとし、なお、被告市が前述の約定によつて十年間その支払をしたときは、被告会社は右競輪場の所有権を被告市に移転することと定めたものである。

(三) 右のように本件競輪場は元来被告市にその所有権を移転するため建設されたものであつて、被告会社の営業資産として保有されているものではないから、その評価額が仮に巨額であつたとしても、その所有権移転については株主総会の特別決議を要するものではない。又、その賃料が被告会社の収入の大部分を占めていたとしても、賃貸借の目的物件である競輪場自体が、前述のように被告市に移転するため建設されたものであり、その賃貸借も結局競輪場の所有権移転の時までのものである以上、右競輪場を目して被告会社の営業資産ということはできない。

(四) 更に、被告会社は前述の通り本件競輪場を建設することを事実上の目的として設立されたものであるから、被告市と本件契約を締結することはむしろ株主の意図するところであり、本件競輪場を被告市に賃貸し、十年後にその所有権を移転することは、毛頭その意思に反するものではなく、この点からも特別決議を要しないものである。

第七、本案についての被告会社の答弁及び主張

一、原告の請求原因に対する認否

(一)  一の事実中競輪場の所有及び経営が被告会社の営業の全部であるとの点を否認し、その余は認める。

(二)  二の事実は全部認める。

(三)  三の事実中営業の全部の賃貸、営業の全部の譲渡に当るとする点を否認し、他は全部認める。

(四)  四の事実中原告が被告市の住民であることを認め、その余は不知。

(五)  六の事実中勝者投票売上高がその主張の額だけある点を認め、その余は争う。

二、(一) 本件契約は、その内容、性質と被告会社の事業の目的から商法第二百四十五条所定の手続を要する関係にあつたものである。すなわち、被告会社は原告の主張するような各事業を営むことを目的として設立され、資本金は設立当初より総額金二千二百五十万円であつた。しかして、右各目的のうち「土地の取得及びその利用」として被告会社は被告市と本件契約を締結したものであつて、当時の会社資産金九千九百五十一万二千円のうち本件競輪場は資産として金九千百三十二万円を占め、被告会社の主要な財産であり、且つ本件契約締結の当時被告会社は海運業を除く定款記載の他の事業は開始していなかつた。従つて、当時全資本の約四倍に当る資産を費して完成した競輪場によつて行う本件契約に基く営業が被告会社の企業活動の重要な種目、内容をなしていたものであることはいうまでもない。

(二) しかして、営業設備、資産等被告会社の構成上及び会社の事業方針並びにそれまでの営業準備行為に基く営業形態に徴し、被告会社としては、本件競輪場を用いてなす企業活動が右契約当時主要な会社の営業行為であつたし、反面、当時被告会社の企業目的の達成手段として本件契約で定める右競輪場による事業経営は被告会社の運命に極めて重大な関係があつた。

しかしながら、本件契約は競輪場賃貸借契約と称しているが、これは単なる賃貸借関係を設定したにとどまるものではなく、その契約内容において被告会社に一般の賃貸人の有する修繕義務(民法第六百六条条)を越える目的物の増築並びに改良、改築等の給付義務を約定させ、借用者である被告市の競輪施行事業の継続的運営、成功について被告会社の協力援助関係を設定し、更に競輪場の借上料と称するものも一定額のものでなく、そのときどきの競輪施行による勝者投票券の売上高の割合を以て示した、いわゆる利益分配契約となつている。後の点は被告会社がその所有する競輪場を事業目的に供して自らの営業を維持経営していながら、その利益を他人たる被告市の競輪事業の利益と一定の割合で配分するものであつて、被告会社は当該営業資産の評価額の異動、物価並びに地代家賃額の変動、推移、租税額の増減、自社営業の成績、収益率の消長いかんにかゝわらず、あらかじめ約定した率に従つて利益を取得する(場合によつては会計経理上の損失を負担する)関係を持続するもので、これは被告市の事業状況いかんにかゝわらず右の関係を契約期間中継続するものであり、営利会社として毎事業年度一定の利潤確保をその存立の基礎とする被告会社にとつて極めて不利、不安定な約定で、決して原告の主張するような被告市に損害を与える取極めではない。

従つて、本件契約は「営業の重要な一部の譲渡」であり、且つ「経営の委任」又は「営業上の損益全部を共通にする契約」であるけれども、かような契約は被告市にむしろ有利であつて、なんらの損失を与えるものでもなければ、その虞もないから、原告の本訴請求は理由がない。

第八、証拠〈省略〉

理由

一、まず、被告らの本案前の抗弁について判断する。

(一)  被告らは、本件契約は被告市の議会の議決を経て締結されたものであるから、地方自治法第二百四十三条の二所定の監査や訴の対象たり得ない旨主張するけれども、普通地方公共団体の議決を経た事項でもその執行の段階で無効原因が発生する場合もあり、又、その議決が違法な場合は、その長は同法第百七十六条所定の手続によりこれを是正させる方法をとるべきものであり、かゝる方法をとらないで、直ちに該議決に基く事務を執行することは許されないものと解するのが相当であるから、議会の議決を経た事項を右監査や訴の対象から除外すべき理由なく、右抗弁は主張自体理由がないから、採用し得ない。

(二)  次に、被告らは、原告には主たる請求につき当事者適格がない旨主張するけれども、確認の訴における当事者適格の有無は確認の対象に対する自己の名をもつて訴訟を実施する権能の有無により決すべく、請求の当否によつて決すべきでないことは言をまたないところであるが、原告が被告会社の株主総会の特別決議の欠如を本件契約の無効原因として主張しうるか否かは請求の当否には関係があつても、本件契約の無効確認訴訟を提起する権能の有無には関係のないことは明白であり、地方自治法第二百四十三条の二に基いて被告らの間の契約の無効確認を求める本訴においては原告たる者は被告市の住民であれば足ることは同条の明定するところであり、原告が被告市の住民であることは当事者間に争がないから、この抗弁も主張自体理由なく、採用し得ない。

二、よつて次に本案について判断する。被告らが原告主張の日にその主張のような本件契約を締結したこと、被告市がその締結について被告市の議会の議決を経たこと、被告会社が原告主張の日にその主張のような目的で設立されたことは当事者間に争なく、原告が本件契約について原告主張のように監査手続を経たことは成立に争ない甲第二、三号証によりこれを認めることができる。原告は、本件契約の締結は被告会社にとり「営業の全部又は重要な一部の譲渡」あるいは「営業の全部の賃貸」に該当する旨主張するけれども「営業の譲渡」あるいは「営業の賃貸」とは総括的な組織体としての営業の譲渡ないし賃貸であつて、単なる営業財産の譲渡ないし賃貸ではない。従つて、単なる財産に過ぎない本件競輪場の譲渡あるいは賃貸は「営業の譲渡」あるいは「営業の賃貸」と目すべきものではないから、これが譲渡あるいは賃貸について商法第二百四十五条所定の株主総会の特別決議を経る必要はないものと考える。もつとも、単なる財産の譲渡あるいは賃貸であつても、それが会社の重要な営業用の財産であつて、会社が無償で譲渡その他の原因でこれを失うことにより全く営業を継続できなくなるような場合には組織体としての営業の譲渡又は賃貸と実質上異ならないから、株主総会の特別決議のない限り無効であると解するのが相当であろう。しかし、本件についてみると本件競輪場が被告会社の当時の資産の大部分を費して建設されたこと、被告会社が本件競輪場の建設、維持管理以外に営業らしい営業をしていないことは弁論の全趣旨によりこれを認めることができるけれども、原本の存在成立に争ない甲第一号証、成立に争のない乙第二ないし第八号証、同第九号証の一、二及び弁論の全趣旨によれば、被告会社は元来被告市の競輪場を建設することを事実上の目的として設立され、本件競輪場は当初から被告市に譲渡するために建設されたことが認められ、又、その賃貸借と譲渡とは別個になされたものでなく、被告会社の支出した建設費及び管理維持に関する諸経費の償却に充当するため、包括的な一個の契約でなされたものであることが認められるから、本件競輪場は被告会社の営業用の施設たる資産ではなく、本件競輪場の建設、本件契約の締結自体が被告会社の営業種目である「不動産の取得及び利用」に該当する営業としてなされたものであつて、本件契約の締結は実質上も「営業の譲渡」、「営業の賃貸」、「経営の委任」、「営業上の損益全部を共通にする契約」のいずれにも当らないものと解するのが相当である。そうすると、本件契約の締結について商法第二百四十五条所定の手続を経る必要のないことは明白である。従つて、同条所定の手続を経ないことにより本件契約が無効となるいわれはなく、本件契約の無効原因については他になんら主張も立証もないから、本件契約の無効を前提とする原告の主たる請求及び予備的請求はいずれも失当といわざるを得ない。よつて、原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 大島斐雄 田嶋重徳 浜秀和)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例